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旅行記に目がない(特に徒歩など人力によるもの)僕としては、「バターン死の行進」のルートを女一人で歩いたという笹幸恵の手記に興味を持ち、これだけ読みたいが為に月刊の文藝春秋を去年買って読んだのですが、最近この手記に対して、生き残った退役軍人のアメリカ人が記者会見して「事実を著しく歪曲している」として抗議、同誌に謝罪を求める手紙を送ったということを知りました。 忘れていた記憶が蘇った僕は、さっそくこの手記が掲載された文藝春秋2005年12月号を本棚から引っ張りだして再読を試みた。 去年読んだときには、これは純粋な旅行記ではない!つまらないな!似非旅行記だな♪ と思って放り投げてしまい、あ〜金返せ文春!と叫んだような記憶があったのですが。 副題には「組織的な残虐行為なのか。足で発掘した日本軍の真実」と書かれていますから、最初にこれを読めば買うこともなかったのでしょうが。 再読で読み進めるにつれて、笹幸恵という若いジャーナリストに書かせた文藝春秋という会社の政治的な意図がどんどん透けて見えて、昨年読んだときと同じようにだんだん気分が悪くなっていきました。 簡潔に言うと、普段特別な運動もしていない自分が歩けたのだから虐待ではないし、日本軍は悪くないと言いたいようです。 その極めつけは さて、実際に歩いてみてわかったことがある。それは、第一に「この距離を歩いただけでは人は死なない」ということである。 栄養豊富な若い現代の日本女性と当時の栄養失調の状態とほとんど同列に論じるとはどういうことでしょうかね?僕もいろいろな本を読みますが、これだけ白々しい言葉が羅列されたものというのもちょっと記憶にないです。 >過酷な戦時中と比べるべくもないが、中略、体力差は縮まると考えていいだろう 歩く前に下痢が続いているので、多分栄養失調気味だから、当時の捕虜などと体力差は縮まっている!と訳のわからない理屈をこね回す笹幸恵(30歳)が強圧的な強制も捕虜という立場からくる精神的な重圧もなく、4日歩いてそれも食事もして水もたくさん飲んで宿に泊まって歩けたから人は死なない! 無理な輸送計画ではなかった! と結論つけて悦に入っている、このどうしようもなくアッケラカンとした知的想像力の乏しいレベルの低さに愕然として、空いた口が塞がらないわけですね。 捕虜の多くはマラリアや赤痢で苦しんでいて、昼間ではなく日の出から日没まで歩いて、食事も休憩もなく歩いていたんですがね。 それにしても意図的というかズルイと思うのは、宿泊をどうしたのかを書いていない点です。 初日の最後の文章がこれです。 >一日目の行進を終えた。歩数、三万七千歩。足が重い。 野宿したのですか?笹幸恵さん。まさかふかふかの布団で寝てないでしょうね。 二日目の文章の終りにも宿泊をどうしたのかの記述はない。 初日ほど暑さは気にならなかった。体が順応してきたのだろうか。でお仕舞い。 当然野宿ですね、笹幸恵さん。もちろんシャワーなんか浴びてないでしょうね。 三日目の文章の終りにはやっと >宿泊先のホテルに着いて車を降りようとすると、足に力が入らず転びそうになった。との記述あるのでホテル泊のようです。 最終日の四日目はもちろん歩行が終了したわけですからホテル泊でしょうね。 ピクニックですか?小学生でも踏破できますよ、何なら僕が歩きましょうか? それより許せないのが、こんなレベルで鷹沢のり子の著書 バターン「死の行進」を歩く を次のような言葉で非難しているのですから、笹幸恵さんという人は。。。。と小一時間。 >平穏な時代に身を置いて人道主義を唱えることは易しい それはそっくり笹氏に投げ返した方がいいでしょうね。 栄養満点の時代に身を置いて飲食をしながら歩けたと念仏のように唱えることは易しいと。 >私と同じように三万六千歩を歩いた日の夜などは、「食欲が全くない」と形容しているが、不思議な話である。最初栄養失調気味だった私ですら、踏破できたのだから。 人によって体力や疲労具合は千差万別であり、不思議だなどと軽蔑したような言い方で、他人の体力を批判している笹さんには驚くばかりです。 こんな本筋とは関係のない批判めいた言い方に何の意味があるのでしょうか? 鷹沢氏の本を僕は読んでいるわけではないのですが、当事者や経験者による証言を集めているだけマシでしょう。 関係者に何も話しを聞くことなく、元捕虜や生存者の話は信用できない!とは?? >そして行進の間、もう一つ実感したのは、反日感情がまったく見られなかったことである。 だから行進ではなくてピクニックでしょ?たまたま遭遇した沿道の子供などに、親しげに言葉をかけられただけで、反日感情がまったくなかった!と強調しても説得力ゼロですって。 笹幸恵さん、あなたは本当にジャーナリストと名乗れる感性をお持ちなんですか? 記者は足で書けって、本当にそのまま足で歩いただけで、取材らしい取材をせずに、初めから決まっている結論を導くために、踏破!踏破!とさも大仕事を成し遂げたように偉そうに書いたあなたは足軽記者ですか??それとも飛脚ならぬ論理の飛躍ジャーナリストですか?? 日の丸の小旗を振られて、万歳三唱で海外に送りだされた日本兵は、物資の補給も受けられず異国で故郷や親兄弟を思いながら、母の写真を胸に抱き、戦闘以外の栄養失調とか餓死でその多くが死んでいったのですね。 フイリピン戦だけで51万人の日本人が死に、帰国出来たのは13万人だけだった。 そして日本軍は米軍の撤退勧告を無視してマニラ市街地で戦ったために恨まれたことも事実。 確かにあなた方のいうように「バターン死の行進」は日本側による一方的な悪だといわれることには、僕もある程度の疑問を感じないではないですがね。 でもね、こんな稚拙な手記でもって抗議されるというのは、同じ日本人としては実に恥ずかしいことだと言わざるを得ないです。 事実の検証を積み重ねると大見得を切るのはいいですが、あなたの手記からは事実の検証といえるものは何も見出せません。 たった4日、当時とはかけ離れた条件で歩いたことが、事実の積み重ねであるというならば冗談にも程があると言いたいのは、これを読んだ人の多くの意見ではないのでしょうか。 過酷な条件下で、ジャングルの樹海の藻屑と消えた数多くの捕虜や日本兵など関係者全員を馬鹿にするにも程がありますね。 笹さん、あなたの栄養失調と比べてくださいね 記者会見した元捕虜は「現実はかけ離れていた。記事は無神経で、侮辱的だ」などと批判した。とのことですが、胸のうちは痛いほどわかります。 論証を積み重ねて、関係者から証言を多数集めるという緻密な作業の結果、このような結論が導かれたのなら、反論や抗議をする元捕虜もある意味満足でしょうが、この手記からはそのような努力などは微塵も感じませんね。 あるのは軽薄さと皮肉と能天気な紙のように薄っぺらい言葉の羅列 読んで嫌悪感や失笑しか残らないおこちゃまの手記としか言様が無い 文藝春秋といえば、ホロコーストはなかったという記事を掲載したマルコポーロが廃刊に追い込まれたので有名ですが、まあ日本は言論の自由が許されている国ですから何を言おうと構わないですけどね。 ただしもっと説得力も筆力もあるジャーナリストを使わないと、今では格段に低下してしまった看板雑誌である「文藝春秋」のイメージや影響力は、これからも下がり続けることは避けられないのではないでしょうか。 |
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